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3月 18

心がつうじ合っていない

FH163_L

夫や妻が連れ合いについて語るときには、「心がつうじ合っていない」という表現が何度も何度も使われている。
たまたまこの週は、私も夫とつうじ合っていない気がしていた。
夫は建築中の家の納期が迫っているうえ、ふたつのラクロスのチームで、ふたりの息子を、ほとんど毎晩コーチしているのだ。
私は出会った人に、お互いの顔も見ないなんて悲しい、・ラクロスの試合の日をカレンダーに書き込むように、私たちも一緒にすごす時間をスケジュールに入れる必要があるわ、と告げた。
それから私は芝居がかった調子で、太陽と水分がなかったら植物はしおれて死んでしまう、夫婦関係もそれと同じよ、といった。
チャックは私をじっと見て、あっさりこう答えた。
「じゃあ、食事に行こうか」。
いつも、こんな調子だ。
そのとき私は、これまでと同様、私たちの口のきき方次第なのだ、ということに気づいた。
私が傷つきやすさを見せるとき、自分のほしいものが手に入る。
がみがみ怒って「どうしていつもあなたは……?」式の口のきき方をしたら、ほしいものは決して手に入らない。
私はこの教訓を、最近あらためて知った。
それはいままでの結婚生活で、おそらく最大の、一から一○までの目盛りでいえば、一○の絶縁状態を経験した後のことだ。
チャックは父親が亡くなった後、彼の家に代々伝わる銃のコレクションを相続した。
曾祖父のそのま た父親が南北戦争で使用したライフルから、伯父がベトナム戦争で使った半自動小銃までを含む、希少なコレクションだ。
チャックの母親が去年引っ越したとき、彼女の家の居間からわが家の居間へ、そのコレクションを移したいと考えた。
チャックはハンティングをして育ち、この遺産を後世に伝えたいと思っていたから、彼の表現を借りれば「美しい」これらの銃を、わが家に陳列できることで興奮していた。
私は「私の目の黒いうちは許さない」といった。
彼は「これは僕の家だ、あれは僕の銃だ」という。
このやり取りは、ここで詳しく書く気にはなれないほど、だんだんエスカレートしていった。
私たちはあまりいい言葉を使わなかった、とだけいっておこう。

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